◆――Phase4:Side猫妖精Scene2――

「――医務室に連れて行きなさい。過労死でもされたら溜まらないわ」
「……ありがとうございます」
「あら、別に心配した訳じゃないの。後衛は後衛の義務と権利があってね。直にどんぱちしてる訳じゃないのに人死にが――戦死者なんてものが出たら、あなた、どれだけ士気に関わると思っているの?」
「――」
「さ、早くその子を医務室へ。私の権限で、あなたに12時間の休養を命じます。……返事は?」
「……Ja.」

 敬礼を返し、同期に導かれるかのようにしてオペレータールームを離れる。
 退室の直前、今一度と思い背後を振り返った。
 投影された地図には、終わらぬ戦場が投影されていた――。

 幾つかの短い通信を流れるように処理し、彼女ははぁ、とため息にも似た呼気を吐いた。
 それを感づかれたか、隣の席で同じようにオペレータ業務に携わる一人の猫妖精が苦笑混じりに声を掛けてくる。

「随分とご機嫌斜めみたいね」
「当たり前よ。まったく……」

 気を抜けば口を突くのは全て愚痴になる。それを理解しながらも、彼女は言葉を止められなかった。


「丸々3日間よ? あんな見事に誘導されちゃ、横から口を挟むこともできないじゃない」
「そうね。新入りにしては中々――って言葉も躊躇うわ。『運命の樹』に選ばれたか、とでも言いたくなるくらいに、ね」
「飲食の余裕はあったみたいだけど……使い潰す前に自分から潰れられたら眼も当てられないじゃない。倒れる前に誘導しきってくれて助かったわ」
「同感。だけど、半分は部隊長さんのおかげじゃないかしら? あの子、中々無茶な誘導をしてる場面もあったように感じたけど」
「……一応ログは私も追ってたけど、そうでもないわ。無茶に思えた指示も、その後の後まで見てから振り返れば至極真っ当な選択ばかりだったもの。……まあ、それを疑わずに従って、無事生き延びてくれた……あの子に必要以上の死人を出させなかったことには、私からも感謝したいけれど」

 吐息と共に紡がれたその言葉は、紛れも無い彼女の本心でもある。
 刻一刻と情勢を変えていく戦場で、孤立した一部隊を無事本隊まで誘導しきったその手腕は本物だろうし、新人である現状でそうならば、これから数々の経験を積んだ後にどれほどの実力を発揮するのか想像もつかない。
 そんな新人の第一歩が、十分に満足の行く結果であったことは、十分感謝に足る事実だろう。

「ああ、それと、部隊長じゃないわよ。あの子の通信相手」
「にゃ? そうなの?」
「ええ。部隊長さんは部隊を守る為に【緑】の爆呪法を受けて重傷。実質的な指揮は……名前は忘れたけど、新兵君がやってたみたいよ」
「……マジ?」

 眼を白黒させる同僚に、彼女は当然よね、と苦笑する。その反応は、自分が件の情報を得たときに返したのと同じ類のものだ。

「いいことじゃない。有能な人材に過剰という言葉は無いわ」

 言って、彼女は視線を投影地図に走らせる。緊急を要する情報はない。戦闘は暫く前から掃討戦に移っており、戦場の情勢は既に決したと言っていいだろう。
 即ち勝利、そして戦後処理へ向けて、というヤツである。

「忙しくなるわね……」

 友人の小さな呟きに彼女は応えず、ただ、頷いた。


 ――後に、共和国共同プロモーションにおいて、情報世界に囁く者(ワイヤード)と呼ばれる猫妖精と、
 彼女を鍛えた猫妖精、かつての一幕。


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