◆――Phase1:Side歩兵 Scene1――
――目を覚ましたのは、粗野なベッドの上でだった。
まず探したのは使い慣れた短銃。何度と無くその引き金を引いた相棒。所々が汚れ、小さな傷も少なくないそれは、間違いなく、自分が共和国の歩兵として一番に誇るものだと思う。
何時如何なるときでも傍に置き、そう、戦場で眠るときは、暴発を避けるために安全装置を掛け弾倉こそ取り外しておくものの、その気になれば目が覚めた後十秒以内に射撃の体勢を取ることだって可能だと思うし――実際、それをする羽目にもなった。
そんな、有る意味友軍と同様に信頼している自らの道具――相棒だからこそ、それが枕元に立てかけてあったことに安堵を覚えた。その後で、今更ながらに気付く。
なぜ自分は、生きている?
そう、それこそがあまりに根本的な問い。恐る恐る自分自身の身体を触れば、わき腹と、腕と、肩に分厚いガーゼと丁寧に巻かれた包帯の感触がある。どれもこれも驚くほど身に覚えのある傷で、だからこそ、自分が生きているのが不思議だった。
「おはようございます。気分はどうですか?」
不意の声。その存在に気付いていなかったのが何よりの驚きだったが、部屋の隅、窓の傍らに一人の青年が立っている。くたびれた軍服は自分が所属するのと同じ、藩国市民を守るべき王国陸軍のもので、それ以前の話、その顔は既に見知ったものだった。
なにせ、肩部の部隊証"テンガロンハット"さえもが自分のそれと同じである。
まだ若い――それこそ兵志願年齢の下限ではないだろうか、と思われるほどにあどけない顔立ちをした青年は、その顔に安堵の色を浮かべている。その右の頬に申し訳程度に張られたガーゼが、乾いた血で僅かに赤黒い。
はぁ、と息を吐き、彼は答えた。
「どうにも身体がだるいな。血が足りない」
「まあ、盛大に出血しましたからね……全治二ヶ月だそうです」
「なんだ、その程度で済んだのか。俺の悪運って奴も、まだまだ現役らしいな」
「ですね。おかげでみんな助かりました」
その言葉に偽りは無いのだろう。青年は柔らかな笑みでそう言って、小さく、頭を下げた。
「作戦行動中は無礼なことばかりしてしまい、申し訳ありませんでした。懲罰は、いくらでも」
「当たり前だ。ただの新兵の分際で、軍曹を顎で使うなんて……撃ち殺されても文句は言えないぞ」
言いながら、しかし彼は口元が歪むのを止められない。歪なそれは、しかし、確かな笑みだった。
「ま――そんな文句も、こうやって生きてるから言えるもんだが。助かった。ありがとう」
「い、いえ、そんな。自分は何も……」
「謙遜するな。おまえの指示と判断が的確だったからこそ、俺たちは無事に逃げられたんだ。あんな馬鹿げた戦場で、本隊からもはぐれて定数にも満たないたった1個分隊で……よくもまあ、な」
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本来。藩国の護りとして有るべき主戦力、藩国機甲部隊は『コード【絢爛】』と呼ばれる異世界からの侵略に対応する為にニューワールドの外部へ遠征中であり。
後方支援を行うべき藩国騎士たちは遠くフィーブル藩国を救援すべく、北海島に現れた魔軍『コード【緑】』から海法藩王、悪童元帥らの後詰めに出陣した。
――そして、その空隙を奇襲された。