◆――Phase2:Side猫妖精Scene1――

「――それでは通信を終わります。以上」

 そう告げた彼女がラインを切ると、その部屋――オペレータールーム全体に張り詰めていた空気が、明らかな弛緩を見せた。尤も、それは一瞬にも満たぬ刹那のもので、オペレータールームの中はすぐさま緊張を取り戻す。
 右へ左へと行き交い、次から次へと交信されて報告されていく情報と指示。戦闘はまだ続いている。その事実の一端が、情報量という形で部屋の中を埋め尽くしていた。
 故に、彼女は次の指示に手を着ける。部屋の中央をぐるりと囲むようにオペレータ席が三重に設置されており、中央には半球型の投影地図の映写機が設置されている。映写機は稼動状態にあり、部屋の中央に大きな電子地図を展開していた。

 彼女は素早く地図に眼を走らせる。
 藩国の西端部に位置していた為、『物理域変更』による機械停止影響範囲外であった藩国西部駐屯基地を最後の拠点として中心に展開している自軍と、それを覆うように展開を見せている敵軍の交点(マーカー)だ。リアルタイムで更新される位置情報は、実際にその戦場で得た情報に基づいているため、信頼性は申し分ない。

 そして今、市民の避難・疎開を進める為の時間稼ぎ、絶望的な遅滞戦術を続けていた王国陸軍は今や、歓声と咆哮に満ちている。

 "建国王"暁の円卓:白石藩王を将とする、tera領域・共和国帝國連合軍の参戦である。『世界』はこの国を見捨てなかった。

 ぷりぽちハートガーズ(王女親衛軍)を中核に、暁・たけきの・愛鳴之・よんた各帝國藩国打撃部隊が、既に藩国北東部、食糧生産地に巣食っていた巨大植物を撃破、
 避け・リワマヒ・玄霧・紅葉各共和国医療部隊、るしにゃん弓箭部隊により『置き土産』を解除、そして都市部の奪還に成功しつつあるとの報が確認されている。

 ここに至るまで、王国陸軍は数の上では既に劣勢に廻り、それぞれの部隊の兵種も含めた総合的な戦力差も徐々に劣りつつあった。身軽な工兵の混成部隊が蜃気楼多発地帯に潜みながら、王国に豊富な燃料を用いた一撃離脱の火計を繰り返す形で敵の先方を足止めを敢行。明らかな不利な状況に置かれていた。


 ――が、援軍の到着、敵後背からの展開により逆包囲が完成すれば戦局は一変、逆転する。

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 ふう、と一息。浮かんでいた汗を拭う。
 先ほど援軍に地理情報は伝達した。そして、士気回復その鼓舞の為に王国陸軍残存部隊に『ハデに』喧伝した。
 これからの優先事項は味方の連携支援、そしてその流れから逸れそうになっている部隊に本隊との合流を促すことと、そのための情報を提供することだ。
 彼女は本隊との合流地点から外れつつある小隊に進路補正を促す為の通信を開こうとして――

「はい、ストップ」

 コンソールに伸ばした手を、おもむろに横合いから掴まれた。思わず身体がびくりと震え、我が事ながら驚いたというその事自体にに何よりも動揺した。
 顔を上げると、何時の間に其処に立っていたのか、自分と同じ装束――猫妖精(オペレーター)の作業服に身を包んだ女性の姿があった。


 見知った相手。自分が所属するチームのリーダーであり、階級に差は無いが、自分にとっては直属の上官にも等しい相手だ。
 リーダーは険しい顔でこちらを見たまま、掴んだ腕を離そうとしてくれない。
 なんでしょう、と尋ねようとして、自分の声に驚いた。リーダーは、さもありなん、といった風に頷く。

「超過労働よ。そろそろ休みなさい」
「ですけど――」
「拒否は許さないわ。もう気付いているでしょう? 貴女が生まれ持った、聞き取りやすいしっとりした声は、本来ならこの戦場で貴重だけれど。そこまで掠れた声で人の生き死にを導こうだなんて、言語道断よ」
「……」

 否定できない。驚くほど静かに、その言葉を受け入れている自分が居る。自分の疲労が何処に溜まっているのか、それは図らずも数秒前に自覚せざるを得なかった事実だ。
 肩に手を置かれ、半ば乱暴に立ち上がらされた。入れ替わるようにして席に着いたリーダーは、ヘッドセットを装着しながら同じグループの別の猫妖精――自分と同期となるひとりを呼び寄せる。お下げが印象的な彼女は、仕方ないな、と苦笑したまま、何も言わずにこちらの肩を支える姿勢を取った――

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