『我が名はレギオン。我々は大群であるが故に』
 ■研究開発:現実主義者の本分〜この狭い研究室が私たちの世界です。お気遣い無く〜

 クライアントと開発者の意識に齟齬が生じるというのは、システムエンジニアにとっては良くある類の苦労話である(モノによっては笑い話であったり悪夢でもあるのだが)
 ――この件の場合、クライアントの立場である帝國軍首脳の仕様要求は『有人機として開発された【I=Dを無人機】として運用する』という事に尽きる。
 本来、出来ない事を出来るようにするというのは開発者にとっては本領で本懐だろう。そもそも、ほとんど前線に出る事の無い開発者とはいえ、その戦術運用的な有用性は理解出来た、この時点での問題は無い。

 しかしながら、仕様要求の細部を詰めるに当たり、『どのように無人化運用するのか?』と確認して(船舶やTLO機・大型I=Dではない)『ケント等の旧式かつ台数の多い機体』を、まるで新鋭機である『リファイントモエリバー』の様に、と聞いて開発側のヒアリング担当者はひっくり返った。


 比喩ではない。文字通り『すってんころりん』である。
 古典的な上方漫才の如くキレイな芸人転がりであった。
 猫の敏捷性とバランスを司る三半規管はドコに行った。
 もっとも、それだけショックだったという証拠でもある。

 さて、ここでそのひっくり返りが至極当然である事を
分かり易く説明するには、まず、帝國製のI=Dの開発史を紐解いてみるとしよう。

 かつて、最初の機体であるファーストI=D『トモエリバー』の開発が進められたのは80107002。
 そして、新鋭機であるI=D『リファイン・トモエリバー』の
開発を終えたのが12300102。
 NW時間で38年前の事である。(#つまり、リアルで3年2ヶ月ちょっと)
 それはもう本当に昔の出来事であった。ある意味、
当時の設計資料をスムーズに取り寄せる事の出来た事
自体に、宰相府技術陣が苦笑せざるを得ない話だった。

 つまり、クライアントは『遠隔誘導で動かせるか』という部分に懸念を抱いていたが。
 開発側は『(動かす事自体は出来るが)時代の異なる機種を動かす』という部分に懸念を抱いていたのである。

  もっとも、基本運用の念頭に置かれていたのは、RTR
 等の現役主力量産期機メインで、オプションとしてケント
 等の旧式かつ台数の多い機体は、デコイレベルで使える
 と望ましいというイメージであった。
  つまり、『主力機主体で、旧型で余ってる機体はまぁ
 それなりに』という事であった。
  むしろ、今後、開発・生産される機体に対応出来る事
 の方が重要であった。

  とはいえ、余りの無茶振りに、一しきり開発部内で色々(#猫缶と犬用骨付き肉、酒類各種。酒保より消費多数)
 あったものの、開発において一応のまとまりを上げた。
  それは緊急用のセーフモードを利用した物であった。
  なんらかの不具合によりシステムに問題が生じた時の
 ための判断用起動モードのことである。

 セーフモードでは、状況を容易にするため必要最低限の
 ドライバや機能以外は無効になっている。


 本来は操縦者に通常の操縦を求められない場合(機体の破損・操縦者の負傷や、反乱防止)の為の物ではあるが、これに起動テスト操縦モード上にコードをインタラプトさせる形で『通信・操縦の上位介入システム』を構築し、最低限の指示で
遠隔操縦を行うという概念においての開発であった。

●システム概要
 ■無人機動誘導兵装【レギオンシステム(Legion system)】■とは、
  Large-Link
  Equipment
  General
  Induced
  Operates
  Nonpilot System
 ――単方向の分散型接続によって広域自律機動を行う汎用統合性システム――の頭文字から得たものである。

 このオペレーションシステムに、機種ごとによる切替
ドライバーアジャスター。
 これは、目標値設定と目標値への追従部分は各機体
共通として、入力パワー・回転のリミッターをトルク制限等に基づき、機種別に設定されている。
 さらに、遠距離暗号通信を行うセキュア通信装置とアプリケーション。
 そして、C4ISRシステム(Command:指揮。Control:
統制。Communication:伝達。Computers:電子計算。Intelligence:情報。Surveillance:監視調査。Reconnaissance:偵察)を組み合わせて運用される。

 さらに、これまで帝國軍が蓄積した戦闘データを元に、集団戦闘を前提とした戦術AIも構築した。
 これら複数のシステムは、RTミドルウェアの研究より、多様なシステムをモジュール単位で階層化して構築し、ネットワーク分散コンポーネント化技術による汎用プラットフォームを確立する事が出来た。
 よって、オペレータからの遠隔操作により、移動・索敵・攻撃のみの単純機動に限定されたが、軍団規模の一元管理を可能としたのである。

 そして、開発技術基盤が違い過ぎる機体(#いわゆるTLO機)では動かせない事も明らかになった。
(しかしながら、これはTLO機の運用と拡散を抑制・防止している宰相府の方針から見れば嬉しい誤算である)

 とはいえ、難解な仕様要求と言う期待に応えた開発者たちに高額の報酬を提示する帝國軍首脳であったが、彼らは『酒保を空にして恐縮です』と、寝不足の【赤い目】をこすりながら笑って固辞したと言う。
 クライアントの鷹揚なまでの無茶振りを、しかして適える彼らもまた、誉れ高き帝國軍人の一員であったのだから。


 ●セキュリティについて
   セキュア通信(改竄や破壊を最小限に食い止めるため、ファイルなどへのアクセスを常に制限する『強制アクセス制御』と、
  管理権限を複数のユーザーに分散させる『最小特権』の二つの機能を持つ)として知られる安全な手段による通信は、その性質として、
  ・confidentiality:機密性
  ・Authentication:認証
  ・Message integrity・Nonrepudiation:メッセージ完全性と否認不可能性
  ・Availability・Access control:可用性とアクセス制御
  を求められる。

   そのため、通信内容そのものにも箱庭型の暗号化を行い、量子テレポーテーション:QuantumTeleportation(量子もつれ:QuantumEntanglement
  の効果を利用して離れた場所に量子状態を転送する事)を用いた暗証コード(#某テラ領域共和国藩国からの技術的リークによる)が施されている。
   片方の量子情報に干渉が行われた時、もう片方にも干渉記録が行われるため、全くの別情報からの同一情報は存在しえない事により、
  ハイエンドクラスの信頼性を得ることに成功している。

   システムそのものの機密に関して、ソフトウェアとハードウェア両面からのアプローチを試みている。
  ・ソフトウェアに関して、一定時間で時限崩壊を行うアポトーシス・プログラムがレギオンシステム内部に組み込まれている。
   システム中枢に絡んでいるため迂回やデータ退避は出来ない。
   すなわち、一定時間内の使い捨てのシステムであり、出撃の度に再インストールする必要があるという事である。
  ・ハードウェアに関しても、同じく一定時間で回路滅却を行うシステムが採られている。CIC:戦闘指揮所(Combat Direction Center)の制御下から
   離れて、一定時間を超過した場合、主要回路を物理的に過電流で焼き払うのである。

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